つくり替えられることは嬉しい
最近、教会の一部をつくりかえる工事が行なわれました。
聖殿の本堂という礼拝を捧げるための部屋であり、神様が共にされる場所です。
その本堂の段に聖地を思い出されるような芝生チックな床としっかりと囲われて機器も守られるような配信席になりました。
そのように聖殿の一部がつくり替えられることが、新しくなることであり、心にわくわく感をもたらして、より気持ちの良い礼拝を捧げられるようになりました。
神様もさぞ喜んで下さっているだろうと思います。
聖殿がつくり替えられることが嬉しくもあり、誇りでもあり、神様とより通じるように感じますが、そのような感覚になるのは何も聖殿だけの話ではないと思います。
自分の心や考えがつくり替えられることが、日々自分を新しくすることであり、嬉しい気持ちになったりします。
そして、自分が変化したということを実感すれば、より良く変化した自分に気づいて、嬉しくなり、力も受けて行動に移していくことができたりします。
聖殿をつくり替える喜びがあるように、自分をつくり変える喜びを自分で感じていきたいものです。
自分をつくり替える分、自分のできることが増えていき、可能性も高まって希望が生まれていきます。
自分をつくり替える喜びを感じながら日々生活していきたいですね。
Takomaru
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