屈する事なかれ
人は艱難や困難があった時に倒れたり、崩れたりしてしまいます。
そんな時にすぐ立ち上がれるのであれば良いですが、なかなか立ち直ることが出来ずにいることはありませんでしょうか。
聖書にも艱難や困難があった人たちがいます。
ただ、そこで倒れてしまったままでは歴史に名を残すことが出来なかったでしょう。裏を返せば、困難を乗り越え他こそ歴史に名を残し、歴史を成してきました。
そんな人たちから学べるものがあると思いますので、紹介します。
それはヤコブの12人の息子の一人であり、正妻ラケルから生まれたヨセフです。正妻から生まれた子だからこそ、他の子よりも大切に扱われ、かわいがられたりもします。それ故に他の兄弟たちはヨセフに対して良く思っていませんでした。
そんな中、ヨセフは良く夢を見る人で、夢の啓示を受け、親兄弟たちに言いました。
創世記37章7節
私たちが畑の中で束を結わえていた時、私の束が起きて立つと、あなたがたの束が周りに来て私の束を拝みました。
創世記37章9節
私はまた夢を見ました。日と月と十一の星とが私を拝みました。
まさかヨセフは自分が良く思われていないことを分かっていない程鈍いわけではないでしょう。この夢がどういうことを示しているのか、言うとどう思われるのか分かっていたでしょう。それを分かった上で、親兄弟に言いました。
また、ヨセフは売られて主人の妻から濡れ衣を着せられて獄に入れられます。そんな状況なのに、落ちるどころか獄にいる人が元気のないのを見て励ましてあげたりして屈しませんでした。
その後、宰相として国を治めました。そして飢饉が起きて、ヨセフの兄弟たちが穀物をもらおうとヨセフのところにやってきました。
そして、兄弟たちにヨセフが自分のことを言って、兄弟たちが自分を拝むといった夢が実現しました。
なぜヨセフが兄弟から嫌われても夢を言ったのか、また濡れ衣を着せられて獄に入れられた時も屈しなかったのかは神様が自分と共におられると確信していたからです。
このように何事にも屈することのない精神を学び、困難を乗り越えていきたいものですね。
Takomaru
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